難病指定された疾患をお持ちのクライアントを何名か担当しています。
若くして発症し、介護保険を使って生活をしているクライアント。
ご本人も様々に思うことがあると思います。
今日はいつもと趣を変えて私が普段働いている中で思っていることをつらつらと書いていきたいと思います。
進行性疾患のクライアントを支援することの難しさ
まず、多くの難病が進行性疾患であり、進行性疾患のリハビリテーションには終わりがなかなかみえません。
私は通所リハビリテーションで勤務しており、このブログでも何度も出てきているように通所リハは修了を前提としたサービスとされています。
その中で、進行性疾患のクライアントのリハビリテーションにはなかなかゴールの設定が難しく、終わりがなかなか決められません。
進行性疾患のクライアントの支援の修了
例えば、私が担当しているクライアントの中に
「在宅勤務で就労を続けること」
が目標のクライアントがいます。
目標は継続することであり、終わりが見えない目標設定になってしまっています。
しかし、進行性疾患であり、なにかができるようになる、ということより、できなくなってくることの方が圧倒的に多く、そちらに焦点が当てられてしまうことも当然だと思います。
この場合、通所リハビリテーションの修了は
それができなくなったとき
もしくは
それを継続するために通所リハが必要なくなった時
だと思います。
しかしどちらもなかなか歯切れの悪い終わり方です。
できなくなったときは、自分たちの力不足を感じますし、通所リハが必要でなくなったときは、
本人や周囲の理解を得るのが大変です。
本人や家族は回復の望みを捨てきれないものです。
リハビリをずっと続け、できるだけ悪くならないように、なんなら回復することを願ってリハビリの継続を希望されます。
でも私は、どこかのタイミングで切り替えの必要があると思っています。
また、ブログでまとめようと思っていますが、医学モデルでずっと思考を続けていると本人らしい生活や本来の目的を見失ってしまいます。
歩ける状態を保つリハビリテーションが必要なのではなくて、なにか目的を達成するために移動する手段を確保するためにリハビリテーションが必要なのです。
歩くことを目的にしてしまい、生活とかけ離れた歩行練習や筋力強化などに固執してしまうと、生活の質が落ちていることを見落としてしまうことがあるかもしれません。
食事を食べることが目的ではなく、食事を食べ、必要な栄養を摂取し、したい活動を続けることが目的なのです。
食事を食べるために多くの時間を割いたり、リソースを注ぐのではなく、栄養摂取は胃瘻から。
それで短縮できた時間や節約できたリソースを本当にしたい活動に注ぐことでクライエント本人らしい人生を送れると思うんです。
この切り替えのタイミングが難しい。
本来の目的ではないとはいうものの、機能訓練を行って自分の身体がまだ動くことを感じられる瞬間が生きる糧になっている場合もあると思います。
そのような可能性がある中で、機能訓練を縮小し、他のことに時間やリソースを注ぐことを提案することはなかなか難しい。
「もう動くことは期待できませんよ」と言うようなものですから。
進行性疾患のクライアントにはどのように支援していくべきか
障害受容なんて本当に難しいと思います。
もし私がそのような疾患にかかったとき、到底受容できるとは思えません。
どうしたら視点を変え、障害を受け入れ、自分らしい人生を取り戻すことができるのか。
考えてもなかなか考えがまとまりません。
疾患の進行についていけず、なかなか生活スタイルを変えられないクライアントが多いです。
そうこうしているうちにコミュニケーションを取ることが難しくなり、本人の意向をうまく汲みきれないことが多くなってしまいます。
もっと早い段階で現実感を持って話し合えたら…
これは私の力不足なのかもしれません。
本当に理学療法士の仕事って難しい…
コメント