医療・介護現場では事故につながりそうな事案が発生した場合、ヒヤリ・ハット報告書を作成することがあると思います。
仕事が増えて面倒だ…なんて声も聞こえてきそうですが、医療・介護の安全を守るためとても重要な役割を担っています。
先日、こんなことがありました。
なぜこんなことになったのか。
それはヒヤリ・ハットに対する認識の違いによるものだと考えました。
今回はヒヤリ・ハット報告書がなんのためにあるのか、どのような効果があるのか、またどのように運用していくべきか考えていきたいと思います。
ヒヤリ・ハットとは
まず、ヒヤリ・ハットとは厚生労働省のリスクマネージメントマニュアル作成指針の中で以下のように定義されています。
患者に被害を及ぼすことはなかったが、日常診療の現場で、“ヒヤリ”としたり、“ハッ”とした経験を有する事例。
https://www.mhlw.go.jp/www1/topics/sisin/tp1102-1_12.html#no3
具体的には、ある医療行為が、(1)患者には実施されなかったが、仮に実施されたとすれば、何らかの被害が予測される場合、(2)患者には実施されたが、結果的に被害がなく、またその後の観察も不要であった場合等を指す。
また、同指針の中では報告についても以下のように定められています。
ア 施設長は、医療事故の防止に資するよう、ヒヤリ・ハット事例の報告を促進するための体制を整備する。
https://www.mhlw.go.jp/www1/topics/sisin/tp1102-1_12.html#no4
イ ヒヤリ・ハット事例については、当該事例を体験した医療従事者が、その概要を文書(以下「ヒヤリ・ハット体験報告」という。様式は別添3のとおり。)に記載し、翌日までに、リスクマネージャーに報告する。
ウ リスクマネージャーは、ヒヤリ・ハット体験報告等から当該部門及び関係する部門に潜むシステム自体のエラー発生要因を把握し、リスクの重大性、リスクの予測の可否及びシステム改善の必要性等必要事項を記載して、委員会(部会を設置する場合は部会)に提出する。
エ ヒヤリ・ハット体験報告を提出した者に対し、当該報告を提出したことを理由に不利益処分を行ってはならない。
オ ヒヤリ・ハット体験報告は、医事課において、同報告の記載日の翌日から起算して1年間保管する。
ヒヤリ・ハットは医療事故防止のために早期に報告する必要があり、報告したことで不利益を被らないようにと指針で示されています。
なぜヒヤ・リハット報告書を作成しないといけないのか
ヒヤリ・ハット報告書はなんのために書くのでしょうか。
よくある間違った認識は
同じ事故を起こさないための反省文
だと思います。
この認識は半分正解で半分不正解です。
ヒヤリ・ハット報告書は決して反省文ではありません。
「事故を起こしそうになって申し訳ありませんでした。」
という報告ではありません。
「こんなできごとがありました。ヒヤッとしたし、同じようなシチュエーションになったときに利用者を危ない目に遭わせないようにこの経験を共有しましょう。」
というための報告書です。
また、ヒヤリ・ハット報告書を作成すると多くの施設でカンファレンスを開くと思います。
カンファレンスの場も同様に、犯人探しや当事者に反省を求める場ではなく、全体で経験を共有し、利用者の安全のためにレベルアップを図る場なのです。
ヒヤリ・ハット報告書はどのような効果があるのか
ではヒヤリ・ハット報告書を書くとどのような効果があるのでしょうか。
ハインリッヒの法則
という法則を耳にしたことがある方は多いと思います。
ハインリッヒの法則とは
1件の重大事故の背後には、重大事故に至らなかった29件の軽微な事故が隠れており、さらにその背後には事故寸前だった300件の異常、いわゆるヒヤリハット(ヒヤリとしたりハッとしたりする危険な状態)が隠れているというもの。「1:29:300の法則」とも呼ばれます。
https://www.hrpro.co.jp/glossary_detail.php?id=115
という労働災害の分野で良く知られている法則です。
具体的な例を挙げると
転倒事故による大腿骨頚部骨折が1件あるとすれば、その陰には29件の打撲や外傷なしで済んだ転倒事故があり、さらにその背後には転倒には至らなかったがふらついたりつまずいたりバランスを崩して壁にもたれかかったりするような事案が300件ある
ということになります。
実際に起きた重大事故は1件だったが、実はその背後には銃弾事故に繋がるかもしれない事案が300件もあるということです。
逆に言えば、300件の事案の情報を得ることで1件の重大事故は防げる可能性があるのです。
そのために300件の事案、つまりヒヤリ・ハットの情報を共有することが事故を防ぐうえでとても重要なことなのです。
ヒヤリ・ハット報告書はどのように運用されるべきなのか
このような役割を果たすため、ヒヤリ・ハット報告書はどのように運用されるべきでしょうか。
まず、報告書には発生した事案の状況を詳細に記載する必要があります。
いわゆる5W1H(だれが; いつ; どこで; なにを; なぜ; どのように)をしっかりと記載することが重要です。
そして、事案が起きた原因、それに対する対策を練り、次に起こるかもしれない事故を防ぐために情報を共有します。
ここで原因をできるだけ掘り下げて記載し議論することがヒヤリ・ハット報告書の中で最重要な課題だと思います。
冒頭のツイートのように「利用者の足が出にくい」というのは原因にはならないと考えます。
足が出にくいからといっていつでもその事案が発生するわけではありませんし、足が出にくいという状態はその事案が発生したその場で初めて起きたことでもないので、原因としては成り立ちません。
仮にそれが原因なのであれば、対策は「足が出にくいので歩いてもらわないようにしよう」ということになりかねません。
それではなんの解決にもならないことは明らかです。
もしその時の介助者が足が出にくいということを認識していなかったのであれば、認識していなかった事実が原因として挙げられます。
認識していなかった原因としては、情報共有の体制が不十分であった、職員が忘れていた、などの原因が考えられ、対策として情報共有ノートを作成し、必ず出勤時に目を通す、や利用者の介助に入る前に介助方法を複数で確認する、などの対策案を練ることができます。
ここまでしてやっとヒヤリ・ハット報告書の意味があります。
決して反省文ではありません。
情報を共有し、次に活かすためのあくまで利用者のために作成する報告書なのです。
まとめ
ヒヤリ・ハットとは患者に被害を及ぼすことはなかったが、日常診療の現場で、“ヒヤリ”としたり、“ハッ”とした経験を有する事例のことである。
ヒヤリハット報告書は反省文ではなく、全体で経験を共有し、利用者の安全のためにレベルアップを図るためのものである。
ハインリッヒの法則の考え方からヒヤリ・ハットの情報を共有することが事故を防ぐうえでとても重要である。
ヒヤリハット報告書では原因をできるだけ掘り下げて記載し議論して利用者のために情報を共有し、次に活かすことが重要である。
コメント